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浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)660号 判決

原告(反訴被告)

浅見せん

原告(反訴被告)

浅見三三男

原告(反訴被告)

浅見年春

原告(反訴被告)

浅見浪江

原告(反訴被告)

渋谷初江

原告(反訴被告)

松本二三子

原告(反訴被告)

小山勝子

右訴訟代理人

真野昭三

被告(反訴原告)

倉林惣吉

右訴訟代理人

西坂信

主文

1  被告(反訴原告)は原告(反訴被告)らに対し、別紙物件目録1及び2記載の各土地についてなされた別紙登記目録記載の仮登記の抹消登記手続をせよ。

2  反訴原告(被告)の反訴請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、本訴、反訴を通じて、被告(反訴原告)の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(本訴請求の趣旨)

1  主文第一項と同旨。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告の答弁)

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

(反訴請求の趣旨)

1  反訴被告らは反訴原告に対し、別紙物件目録1及び2記載の各土地についてなされた別紙登記記載の仮登記のうち、登記原因を「昭和四〇年六月一七日売買(条件農地法第五条の許可)」とする更正登記手続をせよ。

2  反訴の訴訟費用は反訴被告らの負担とする。

(反訴被告らの答弁)

1  主文第二項と同旨。

2  反訴の訴訟費用は、反訴原告の負担とする。

二  当事者の主張

(本訴請求の原因)

1  訴外亡浅見宮太郎(以下、宮太郎という。)は、昭和四〇年七月八日被告(反訴原告、以下、単に被告という。)との間で別紙物件目録1及び2記載の各土地(以下、単に本件土地という。)について農地法三条の許可を条件として、代金一〇〇万円で売買契約を締結し、内金八〇万円の支払をうけ、別紙登記目録記載の仮登記(以下、本件仮登記という。)を経由した。

2  本件土地は市街化調整区域に属する土地であるところ、被告には農地取得資格がないため、契約後も原告浅見三三男が耕作し、公租公課も負担して今日に至つている。

3  宮太郎は昭和四三年一二月二六日死亡し、原告(反訴被告、以下、単に原告という。)浅見せんは配偶者として、その余の原告らは直系卑属として、宮太郎の本件土地に関する権利義務を承継した。

4  ところで、本件土地売買契約に基づく被告の農地法三条に基づく許可申請協力請求権は、本件売買契約の成立した昭和四〇年七月八日から一〇年を経過した昭和五〇年七月九日をもつて時効によつて消滅した。原告らは、右消滅時効を本訴において援用する。

5  したがつて、本件土地売買契約については、農地法三条の所有権移転許可を得る条件が不成就になつたというべきであるから、右売買契約は無効となり、被告は将来本件土地について所有権移転請求権を取得しないことになつたというべきである。

よつて、本件仮登記は、実体的権利関係に符合しない無効な登記であるから、原告らは被告に対し、その抹消登記手続を求める。

(被告の認否)

1  請求原因1項のうち、宮太郎と被告との間で本件土地の売買契約が締結されたこと及び本件土地につき本件仮登記が経由されていることは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地の売買契約の日、代金、条件等は後記のとおりである。

2  同2項のうち、原告浅見三三男が本件土地を耕作したことのあること及びその公租公課を負担したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件土地が市街化調整区域に指定されたのは、本件契約成立後の昭和四五年八月二五日である。また、同原告が本件土地を耕作したのは、宮太郎が死亡した昭和四三年一二月以降昭和四四年一二月二五日までであつて、その後、本件土地は耕作されずに放置されている。

3  同3項の事実は認める。

4  同4項、5項は、いずれも争う。

(被告の主張その一及び反訴請求原因)

1  本件土地売買契約の成立及びその約定の内容は次のとおりである。

(一) 被告は、昭和四〇年六月一七日、宮太郎から別紙物件目録1記載の土地を次の定めで買受けた。

(1) 代金一六〇万円

(2) 代金支払方法 同年七月八日金一五〇万円、残金一〇万円は所有権移転登記手続完了と引換に支払う。

(3) 同年七月一五日限り所有権移転登記手続を行う。

(4) 右土地の引渡は同年七月一五日限り行う。

(5) 条件 農地法五条の許可

(二) 被告は同年六月一七日宮太郎から別紙物件目録2記載の土地を次の定めで買受けた。

(1) 代金一六〇万円

(2) 代金支払方法 同日手付金一〇〇万円、同年七月八日中間金五〇万円、残金一〇万円は所有権移転登記手続完了と引換に支払う。

(3) その他の契約内容は、前記(一)の(3)ないし(5)と同じ。

2  被告は、宮太郎に対し右代金支払方法に従つて右各土地につき各一五〇万円宛の代金を支払つたので、昭和四〇年七月九日右各土地について本件仮登記が経由されたものである。

3  しかし、その登記原因は、「昭和四〇年六月一七日、停止条件付売買契約(条件農地法第五条の許可)」とされるべきところ、過誤により、「昭和四〇年七月八日停止条件付売買契約(条件農地法第三条の許可)」として停止条件付所有権移転仮登記手続を了してしまつたものであるから、被告は宮太郎の相続人である原告らに対し、右趣旨に従つた更正登記手続を求める。

(被告の主張その二)

1  原告主張の許可協力請求権は登記請求者の側からみれば常にこれに随伴するもので、その登記請求権の根拠は右許可があつた場合に取得し得べき所有権に基づく物権的請求権であるから消滅時効にかからない。

2  仮に、右許可協力請求権が消滅時効にかかると解しても、本件土地売買契約においては、売買残代金二〇万円の支払と本件土地の所有権移転登記手続とについて期限を定めていないから、被告は原告らに対し残代金を支払つて初めて本件土地の農地転用許可申請協力請求権及び所有権移転登記請求権を行使し得る立場にたつのである。換言すれば、被告の残代金支払債務と本件土地の所有権移転登記及びその前提となる農地転用許可申請協力請求権とは同時履行の関係にある。したがつて、本件土地売買契約は、進展中のものであるというべきであつて、契約が存続しているのに農地転用許可申請協力請求権のみが単独で時効消滅するということはありえない。しかも、残代金は、被告が瀧野川信用金庫を定年退職したときに支払うとの合意があり、被告は、まだ同信用金庫に在職中である。また、仮に、右合意が認められないとしても、残代金二〇万円の支払は期限の定めのない債務であるから、原告の請求を待つて期限が到来する。原告らは残代金全額の支払請求をしていないから、許可協力請求権は発生していないし、いまだ時効の進行は開始していない。

3  仮に、転用許可協力請求権の消滅時効が売買契約成立の時から進行するとしても、本件土地は昭和四五年八月二五日市街化調整区域に編入されたから、右時点から市街化調整区域指定の解除に至るまで時効は進行しないものと解すべきである。

のみならず、転用許可協力請求権の起算点は、農地転用目的の条件が整い、売主、買主双方において許可申請がなしうる時と解すべきところ、本件土地の面積は二四六二平方メートルに達するので、同土地を農地及び公共用物の建設等をする場合以外の用途に供するときには、まず最初に県知事の許可を必要とすることになる(都市計画法二九条、同法施行令一九条)。そして、右開発許可申請手続は、許可申請前に事前審査の申出を必要とする取扱になつているので、事前審査の内示があつて初めて農地売買契約における買主は売主に対する農地法五条の許可申請協力請求権を行使することができるのである。しかるに、本件土地について、被告は埼玉県知事に対し開発許可申請手続の事前審査の請求をしたことは全くない。被告は、本件土地売買契約当時、瀧野川信用金庫の行員であり、同金庫を退職後本件土地を細分化して分譲住宅を建築しようと考えて当時の金で三〇〇万円もの大金を投じて本件土地を取得したものであり、先代宮太郎及び原告らは右事情を知悉していた。したがつて、被告は今日に至るまで都市計画法に基づく開発許可申請手続及びその事前審査の申出をしたことはない。

右のように、事前審査の内示を得ていない以上、農地法五条の許可申請協力請求権の行使をすることは法律上全く不可能であるから、その消滅時効の進行は開始しないというべきである。

4  原告浅見三三男もしくはその妻は、昭和五四年一一月二六日頃大宮市役所吏員に対し、「本件土地は私らのものでなく、倉林さんのものであるから、土地使用についての了解は同人と交渉してほしい。」と述べ、同吏員を介して被告に通知してきた。そして、被告は同年一二月五日、大宮市との間で本件土地につき同年一二月一日から翌昭和五五年四月一五日までの間、賃料一六万四一二五円で賃貸借契約を締結し、右賃料を受領した。

したがつて、原告主張の消滅時効は昭和五四年一一月二六日頃債務者の債務の承認により中断した。

5  原告らの消滅時効の援用は、次のような事情のもとにある本件においては、信義則に反し、かつ権利の濫用に当るから許されない。すなわち、

(一) 宮太郎は被告が瀧野川信用金庫を定年退職後に、本件土地を分譲住宅にして売却したいという話を知悉しており、その期限はいまだ到来していない。

(二) 宮太郎は売買契約締結後、本件土地が被告の所有であることを承知願いたいという申出をなし、かつ、被告から何時埋立をされても異議を述べないことを確約している。

(三) 原告浅見三三男もしくはその妻は昭和五四年一一月二六日頃大宮市役所吏員に対し「本件土地は私らのものではなく倉林さんのものであるから土地使用についての了解は同人と交渉してやつてほしい。」と申入れている。

(四) 大宮市役所は被告の許諾のもとに本件土地を下水道工事のための材料置場としてきたが、原告らからは全く異議がでていない。

(五) 原告らは、本件土地が被告の所有するものであることを承知しているため、昭和四五年、六年以降本件土地の耕作を中止し、荒地のままとしていた。

(被告の主張その一及び反訴請求原因に対する認否)

1  右被告の主張1項のうち、被告主張の当事者間に本件土地について売買契約が成立したことは認めるが、その余の点は争う。

2  同2項のうち、本件土地につき被告主張の仮登記が経由されていることは認めるが、その余の点は争う。

3  同3項のうち、原告らが宮太郎の相続人であることは認めるが、その余の点は争う。

(被告の主張その二に対する認否)

1  右被告の主張1項は争う。

2  同2項のうち、残代金支払債務についての被告主張の合意は否認する。本件土地売買契約においては、残代金の支払は所有権移転登記と同時に行うことになつている。そして、農地の場合においては、売買契約が成立すれば、手付金又は土地代金の支払の有無にかかわらず、買主は売主に対し、農地法所定の許可申請手続に協力することを求めることができるのであり、この場合、土地残代金については、「農地法所定の許可があつた場合は土地代金の支払と引換に所有権移転登記手続をせよ。」と請求することが農地売買の取引の常態である。したがつて、売買契約成立後、農地法所定の許可申請手続を特に将来の一定時期とする旨の特約がある場合は格別、かかる特約のない場合には、契約成立後直ちに許可申請協力請求権は発生すると解すべきである。

3  同3項の主張は争う。本件土地が昭和四五年の法改正によつて市街化調整区域となつたからといつても、本件土地は、それ以前もそれ以後も農地法上の農地であることに変わりはないのであるから、その売買については農地法三条または五条の許可が有効条件である。したがつて、右指定の前後によつて、本件土地の売買に関して買主たる被告が有する農地法三条の許可申請協力請求権に変更を生ずることはない。また、本件土地は市街化調整区域に属するから、被告主張の開発許可の事前審査の対象ともならない。本件土地については、事前審査の内示すら請求されていないのであるが、それは宅地開発計画の審査の受理さえ覚束無いからである。

4  同4項は争う。もつとも、原告浅見三三男の妻が大宮市役所から委任された共和コンサルタント株式会社の従業員に対し、本件土地ではない浦和市美女木八八一番地、同八八二番地について照会をうけた際に、「あの土地のことは倉林の意向もきいてくれ。」と述べたことはあるが、同女が右のようなことを述べたからといつても、かような行為が時効中断事由としての債務の承認に該当することはもとよりないし、また、同女は宮太郎の相続人でもないから、何ら法律上の効果を生ずるものではない。

5  同5項の事実は否認する。被告が本件土地について売買契約を締結したのは土地の値上りによる転売を企図したものである。すなわち、本件土地は地形が細長く、しかも沼地であり、また、公道から本件土地に至る通路もないから、本件土地だけでは埋立てもできず、宅地造成は到底できない。また、本件土地を大宮市役所が材料置場として使用したことについて、原告らから異議を述べなかつたことと原告らが被告に対し時効を援用することとは何ら関係がない。なお、原告らが本件土地を耕作していないのは、休耕田となつているからである。原告らが時効を援用して本件訴訟を提起したのは、宮太郎の死後二〇年近くも経過しているのに、本件土地に仮登記が存するため遺産分割ができずにいるからである。特に時効完成を待つて直ちに訴を提起したものではない。むしろ、土地売買契約後、二〇年近く経過しても、なお、農地法所定の許可を得られる見込のない土地に拘泥して事案の解決を遷延することこそが時効制度の趣旨を没却することになる。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一本訴請求について

1  訴外亡浅見宮太郎が本件土地について売買契約を締結したこと及び本件土地について原告主張の本件仮登記が経由されていることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を綜合すれば、宮太郎と被告との間で昭和四〇年六月一七日本件二筆の土地を合わせて合計三二〇万円で売買する約定が成立し、同日内金一〇〇万円が交付されたこと、残領二二〇万円のうち、金二〇〇万円は同年七月八日交付され、同日甲第一号証、乙第二号証の売買契約書が作成されたうえ、本件仮登記の申請手続がなされたこと、残金二〇万円は本登記の完了と同時に支払うことに約定されたことが認められ、〈反証排斥略〉他に右認定を左右するに足りる証拠はない。なお、本件土地売買契約において、農地法上の許可条件が同法三条のものと約定されたか、それとも同法五条とされたかについては争いがあるが、いずれであつても、その許可協力請求権が時効によつて消滅しているのであれば、本件土地売買契約は無効となる筋合であるから、右の点に関する判断は暫らく措いて、以下の判断を進めることとする。

2  そこで、本件土地が右売買契約当時農地であつたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉を綜合すれば、本件土地は本件契約成立当時、宮太郎が田として耕作しており、被告において何時でも埋立、作物の取払等のことをなしうる旨の条件が付けられたうえで、被告の許諾、指示のもとに宮太郎及び原告浅見三三男において本登記完了まで耕作を続けることができる旨の約定がなされていたこと、そして、宮太郎が昭和四三年一二月二六日死亡した後(但し、右死亡の事実は当事者間に争いがない。)は原告浅見三三男が被告の許諾のもとに昭和四五年四月頃まで耕作を続けたが、その後は同原告も耕作をやめたまま放置されていること、本件土地の公租公課は宮太郎の生前は同人が、その後は原告浅見三三男が負担していること本件土地は昭和四五年八月二五日市街化調整区域に指定され今日に及んでいることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  しかして、本件土地売買契約に基づく権利義務が昭和四三年一二月二六日宮太郎の死亡により原告らが共同相続して承継したことは当事者間に争いがない。

4  ところで、原告らは、本件売買契約に基づく農地法上の被告の有する許可協力請求権は、売買成立の時から一〇年を経過したことにより、時効により消滅したと主張するのに対し、被告はこれを争うので、この点について検討する。

(一)  本件農地の売買契約が成立した昭和四〇年六月一七日からすでに一〇年を経過していることは明らかであるから、本件売買契約に基づく前記許可協力請求権の消滅時効は昭和五〇年六月一七日の経過とともに完成したものというべきであり、原告らが、本訴において右消滅時効を援用したことは訴訟上明らかである。

(二)  被告は、右許可協力請求権は消滅時効にかからないと主張する。しかし、農地について売買契約が成立しても、都道府県知事の許可がなければ農地所有権移転の効力は生じないのであるが、売買契約の成立により売主は買主に対して所有権移転の効果を発生させるため買主に協力して右許可申請をすべき義務を負い、また、買主に対して右協力を求める権利を有する。したがつて、右許可申請協力請求権は、許可により始めて移転する農地所有権に基づく物権的請求権ではなく、また所有権に基づく登記請求権に随伴する権利でもなく、売買契約に基づく債権的請求権であり、民法一六七条一項の債権に当ると解すべきであつて右請求権は売買契約成立の日から一〇年の経過により時効によつて消滅するといわなければならない(最高裁昭和五〇年四月一一日第二小法廷判決民集二九巻四号四一七頁参照)から、右主張は採用することができない。

(三)  被告は、本件土地の売買残代金の支払債務と本件土地の所有権移転登記及びその前提となる農地転用申請協力請求権とが同時履行の関係にあるから、右代金支払債務の履行期も到来しないことを挙げて右許可協力請求権の時効は進行しない旨主張するが、右許可協力請求権は被告主張のような事情がある場合であつても、売買契約成立の時から発生すると解するのが相当であるから、右主張も採用の限りでない。

(四)  被告は本件土地が昭和四五年八月二五日から市街化調整区域に編入されたから、同時点から右指定の解除に至るまで右許可協力請求権の時効は進行しないと主張するが、右区域指定によつて本件土地の売買契約に基づく売主の許可協力請求権の法的性質が変るものと解することはできないから、右主張も採用することができない。また、被告は本件土地の農地転用の前提として、開発許可手続が不可欠であり、右手続が未了の間は農地法上の許可協力請求権の時効は進行しないと主張するが、農地法上の許可協力請求権と被告主張の開発許可手続とは法律上別個のものであるばかりでなく、後者の手続がなされた後でなければ、前者の手続に移行できないとしても、被告は原告側に対し、開発許可手続に関する協力を求め、これを前提とし、かつ、これに併せて農地法上の許可協力を求めることができないわけではないから、被告主張の開発許可手続の未了の故をもつて農地法上の許可協力請求権の消滅時効の進行に法律上の障碍を生じさせるものと解することはできない。したがつて、右主張自体失当というべきである。

(五)  被告は原告浅見三三男もしくはその妻が昭和五四年一一月二六日頃大宮市役所の吏員に本件土地の所有者が被告であることを告げ、その結果、被告と大宮市との間で本件土地につき賃貸借契約を結び、賃料も受領したから、許可協力請求権の消滅時効は右時点で債務者の承認により中断したと主張する。しかしながら、本件許可協力請求権は前記のとおり昭和五〇年六月一七日の経過とともに完成したというべきであるから、その後に債務者が承諾しても、時効の中断には当らないというべきである。けれども、債務につき消滅時効が完成した後に、債務者が債務の承認をした以上、時効の完成の事実を知らなかつたときでも、以後その完成した消滅時効の援用をすることは許されないというべきである(最高裁昭和四一年四月二〇日大法廷判決民集二〇巻四号七〇二頁参照)から、被告の右主張は消滅時効の援用権の喪失の主張と解する余地があるので、右の見地から検討してみる。なるほど、〈証拠〉を綜合すれば、大宮市は共和コンサルタント株式会社を通じて昭和五四年一一月頃本件土地の所有者につき原告浅見三三男方において調査したところ、同原告の妻から本件土地の所有者は被告であるといわれたので、被告との間で昭和五四年一二月五日本件土地の一部一、三一三平方メートルにつき下水道工事に伴う搬入路敷地として使用する目的で賃貸借期間を同年一二月一日から昭和五五年四月三〇日までとする約定で賃貸借契約を締結したことが認められ、〈反証排斥略〉、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。しかし、時効援用権の喪失の場合における債務者の債務の承認とは、時効の援用権者が時効の援用によつて権利を失う者に対して、その対象となる権利の存在を知つている旨を表示することをいうものと解すべきところ、原告浅見三三男の妻が大宮市の依頼した民間業者に対し本件土地の所有者が被告であると述べただけでは、いまだ原告らが被告に対し、右債務の承認をしたと認めることはできないから、被告の主張を消滅時効の援用権の喪失の主張と善解してみても、採用するに由ないものといわねばならない。

5  被告は原告らの消滅時効の援用が信義則に反し、権利の濫用に当るから許されないと主張し、「被告の主張その二」の5項のうち、(一)の事実は被告本人の供述によつて窺われ、同(二)の点は、前記2で、同(三)の点は前記4(五)でそれぞれ認定したとおりであり、同(四)の事実は証人倉林義子の証言で認められ、同(五)のうち、原告らが本件土地を昭和四五年五月頃から耕作を止めたまま放置していることは前記2で認定したとおりであるが、原告らが本件土地の耕作を中止した動機に関する被告の主張事実はこれを認めるに足りる証拠がない。しかして、右認定の事実関係をもつてしては、いまだ原告らの消滅時効の援用が信義則に反し、かつ、権利の濫用に当るものということはできない。

6  以上によれば、本件土地の売買契約に基づく農地法上の許可協力請求権は、それが同法三条に基づくものであるか、同法五条に基づくものであるかについての判断を俟つまでもなく時効によつて消滅したというべきであるから、被告が本件土地について農地法三条もしくは五条の許可を得ることは不能に帰したというべきである。

したがつて、本件土地売買契約は無効となり、被告は将来本件土地について所有権移転請求権を取得しないこととなつたものであるから、本件仮登記は実体的権利関係に符合しない無効な登記というべきである。

二反訴請求について

前記説示のとおり、本件仮登記が無効に帰している以上、被告が主張する反訴請求原因について判断するまでもなく、反訴請求は理由がないというべきである。

三結論

よつて、原告らの本訴請求を認容し、被告の反訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(糟谷忠男)

物件目録

1 埼玉県浦和市下木崎字八幡下八八一番

田  一二三三平方メートル

2 同所 八八二番

田  一二二九平方メートル

登記目録

浦和地方法務局昭和四〇年七月九日受付

第一九八九八号条件付所有権移転仮登記

原因 昭和四〇年七月八日売買

(条件 農地法第三条の許可)

権利者 被告

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